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動物を性的に見ることについて

 宗教に於いて、禁則事項というのがたびたび問題になる。昨今の問題で言うと、例えば同性愛を認めるかどうかという問題が、その一つであり、今日でもキリスト教原理主義者は同性愛に対して強い拒否反応を示すことがたびたび指摘されてはいる。

 しかし、動物性愛の禁止についてはあまり取り上げられることはない。それは単純な話ではあって、同性愛が人間に関わるものであり、人間に関わるということは法律という問題に関わるのだが、動物は法律の下にある存在ではない。少なくとも、動物が人間を殺したからといって、動物専用の刑務所に連れて行かれる、ということはない。

 旧約聖書によれば、動物性愛の禁止事項はレビ記に書かれてあるものだ。これは同性愛を禁止する項の下に「あなたは獣と交わり、これによって身を汚してはならない。また女も獣の前に立って、これと交わってはならない。これは道にはずれたことである (Wikisource)」と書かれてある。

 だが、このようにわざわざ書かれてあるということは、言ってしまえば同性愛と同じように、動物を性的で見るということはたびたびあった、ということを示唆している。禁止というのは、要は人間がその行為が可能だからこそ意味が生まれるからだ。

 そういう意味では、バルザックの「砂漠の情熱」という短編は興味深いものである。以下は岩波文庫の『知られざる傑作』から引用したものである。

それはめすであった。腹から腿にかけて毛が白く売っていた。びろうどのような小さな斑紋がいくつか、脚のまわりにきれいな輪をつくっていた。背中の毛皮はつや消しの金のような黄金だったが、すべすべしていて手ざわりもよさそうだし、豹と他の猫科の動物を見分けるのに役たつバラ形にぼかした特徴のある斑点をもっていた。ちょうど長椅子のクッションの上でねている猫とおなじほど優美な姿勢で、もの静かな、しかも恐るべき洞窟のあるじはいびきをかいていた。武装十分の、筋ばった前脚は血にまみれていたが、それを前に突き出し、その上にのせた顔には銀綿のようにまっすぐなひげがまばらに生えていた。檻のなかでこんなふうにしていたら、この兵士にしてもたしかに相手の美しい姿や、彼女の裾長の衣に帝王らしい光彩おあたえているあざやかな色合いの力づよい対照を、ほれぼれと眺めたかもしれない。(p.14)

 この小説が特異なのは、このような動物が「人間の女性のよう」に見えてしまうという部分にある。

けれど彼は、さもいとしけに彼女を眺め、相手に催眠術をかけるようなあんばいに横目をくれながら、近寄るままにさせた。それから世にもあいらしい女を愛撫すようとするかのような、やさしい恋いこがれた身ぶりで、豹の黄色い背中を左右に二分するしなやかな椎骨を爪でかきながら、頭から尾とからだじゅうをなでてやった。豹は快楽に酔って尾をもちあげ、目はやわらいだ。三度ばかり、欲得ずくのそのお世辞をつとめおわると、彼女は猫がうれしいときにするあのゴロゴロを聞かせた。けれどそのつぶやきはじつに力強く奥ぶかいのどから出たので、お寺のパイプオルガンの最後のうなりのように洞窟のなかにひびいた。愛撫の大切なことをさとった兵士は、このイヤに横柄にかまえた娼婦をぼうっとさせ麻痺させるようなふうに、何度もそれをくりかえした。(p.16)

 とある論文 によれば、バルザックが小説のモチーフとしてこういった動物に焦点をあてるということは殆どなくなったらしく「以降は、本物の動物が物語の重要な役を与えられることはなく、動物比喩として多用される。félin は勇敢さ、誇り高さ、冷酷さ、怒り、など内面的な精神性をあらわすために用いられるものが多い。そして、読者はたびたび出てくる動物比喩に無意識的に導かれ、知らず知らずに物語の展開を予見するようになる。それゆえ物語が進むにつれて読者はその展開を必然と感じるようになる。これがバルザックの動物比喩の特徴的一例といる」と述べている。

 言いかえれば、動物が人間として見れるとするならば、人間もまた動物として見れるということだろう。ドゥルーズマゾッホを紹介しながら言うように「ここには動物が女と区別がつかず、また男が動物とも区別のつかないような、未決定のゾーン」(『批評と臨床』)があると言うことが出来る。

 エロティズムの問題が難しいのは、バタイユが指摘するように常にこのような侵食と侵犯に満たされているからだと言うことは間違いなく、従って、エロディズムを統制しようとする試みは「動物を性的な目で見る」という可能性を否認する全体主義的な排除と非常に近いものになっていくことは、もう少し意識されてもいいかもしれない。今でこそ同性愛は受け入れられるようになったものの、未だに「繁殖を志向する生命の本質的なあり方と真っ向から相反するもの」として否認されている部分があるのは間違いないわけだから。