Archive / 2012

いじるのが下手な人がニヤニヤしながら絡んでくると本当厳しい

正直なところ、一番ダメージを食らうのはネットウォッチャーよりも、なんでもズケズケという、リアルの知人だったりする。リアルの知人は自分のことを良く知っているが故に、芯を食うことが出来るわけだ。キリストだってナザレで受け入れられないのである。わからない人はググってください。元ネタがわからなかったので俺はTwitterで教えてもらった。

自分の色々なアカウントがリアルでバレることを恐れる人がいるわけだし、その気持ちはよくわかる。周囲に自分のクズな部分を知っている知り合いがいるというのは、本当に気持ちの悪いことではあるのだが、ただ自分を綺麗に見せようとする見栄っ張りというか、虚栄心があるわけで、それを歯止めするためには「こいつクズなんですよ」と言ってくれる人が必要である。昔、王様が近くに道化を置いていた気持ちもわかる。ただ違うのは俺は王様ではないということだ。

さて、インターネットで怖かったものは何だったか。世代にもよるが、俺らの世代は、大抵は2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)という人が多いと思う。基本的に炎上といったら、2ちゃんねるにスレッドを立てられることであった。そして、スレッドが立てられるということは、良くも悪くも悪目立ちしている、ということになる。

いわゆるちょっと前になるところの、ニュー速であったり、VIP板とちょっと違うのは、ネットWatch板には「ウォッチ先 さわらず荒らさず まったりと」という標語があることくらいか。正直、この標語が掲げられるきっかけになった理由はわからない。「ウォッチ先というものは資源だから、資源を枯らすような行為をすることは無粋である」という上手い説明を見ていたが、そういうことなのだろう。

良くも悪くも有名な「と学会」が一番最初に出した本の中に、「自分たちはバードウォッチャーである」という説明をしているのが、雰囲気としてしっくりくると思う。だからこそ、バードウォッチャーが鳥の生態系を乱すのは無粋だし、鳥より目立つの無粋だし、鳥がバードウォッチに参加するのも無粋である。ちなみに、無粋という単語は、よく説明できないけど、「なんとなくそういうことをしちゃいけないんだよ、察せよ」という意味が込められている。察してください。

なんで「無粋」という言葉を使い、このあたりの言及が歯切れ悪いのかというと、俺は別に当時の空気を知らないからだ。昔だって結構荒らされていたよ、と言われたら、そういうものかとも思うし、実際、割と介入してくる人も多かったんじゃないかとも思うし。おっさんは、こういうのをダシにして「昔のウォッチャーは面白い人間を見つけても、それほど騒がなかったものだが、今のモノは……」なんて説教するわけだが、実際のところ、今、老人の世代のほうが遥かにキレやすかった、みたいな話あってあるわけだ。

さて、話が逸れた。

こういうことを書くのは、俺がTwitchの某配信者スレッドで言及されるようになったからである。相手が確実に無能であることがわかると、結構冷静に見れるもので、なるほど、異常者のバードウォッチャーには二種類いるんだな、ということが解るようになった。これが鳥の目線という奴である。違うな。

一種類目は先ほど言及した、とにかく鳥を見て楽しみたいというタイプがいるが、同時に、鳥を見ると「これをタレに付けて焼くと美味いんじゃね?」と思う焼き鳥屋タイプもいることに気が付いた。

バードウォッチャー系については、散々言及してきたので、今回は焼き鳥屋タイプについて、最近考えたことを書く。

お笑い芸人には「いじり」という手法があるわけだ。最近、それで喧嘩している人がいたけれど、そこには深く言及しない。「いじり」にも二つ種類があり、「自分をおいしくしてくれるタイプのいじり」と、「自分には全く利益のないタイプのいじり」の二つである。そして、芸人の腕というのは、前者によってどれだけ、その「いじった人」を面白い人だと錯覚させるかにかかっている。つまり、メインの素材は「いじった人」であって、「いじる人」は調味料でしかない。たまに、調味料でも味覇みたいな、全部その人の味にしちゃうタイプもいるが、それはここでは置いておく。創味シャンタンの話はしていない。

で、俺のTwitchでは、滑舌が余りにも酷過ぎて「歯抜け」とか「ブサボ」とか呼ぶ人がいる。他のエントリーで書いた通り、別にそういうのは構わない。書いている通り、舞台に上がるということは、ある程度はそういった悪名を引き受けることだし、こういうあだ名をつけることで、ちょっとは親しみが持てるようになるかな、とも思った。だって、あだ名がないより、あったほうが親しみを持てるでしょ。親しみが持てるならば、少しは興味を持ってくれる人もいるかな、というわけで、一時期名乗ってもみたが、あることを考えて、名乗ることを辞めてしまった。

芸人の間には、「ケガをする」という言葉がある。滑った空気をフォローして、巻き込まれて同じく滑ってしまう、という奴のことである。芸人の場合なら、一時的なものであり、笑って許されるが、そういうのが絡み続けるものだとそうはいかない。つまらない奴のやることに乗っかってもつまらなくなるだけである。そして、つまらない人間の一番の欠点は、そういうのに乗っかると「自分は面白い」と勘違いして増長し始めることだ。

俺はそのあたりシビアで、このキャラクターに乗るデメリットとメリットを天秤にかけた場合、デメリットのほうがまさってしまった。そんな内輪のつまらないノリを押し付けられて、つまらない奴のことを気にしながら、自分がつまらない配信を続けるくらいなら、やらないほうがマシである。

なんとなく彼らの言い分はわかる。そもそも、彼らにとって、その「鳥の生態を見て楽しむ」よりも、「焼き鳥にして食べたほうが楽しい」というタイプの人間なんだろう、ということである。要は、自分が関与しないとダメなタイプ。ほら、最近も大物Youtuberの奴でいたじゃない。

そもそも「いじり-いじられ」の関係が成立するためには、「いじり」に対してずっと走り続けるほど何処か壊れているか、あるいは「いじり」をはねのけられるほどのメリットを享受しているか、「いじり」によって面白くなるというメリットが存在しているか、あるいは「いじり」自体が一つの芸として面白いか、そもそも「いじり」を許容できるほど親しいか、のいずれかでないと成立しないのである。これらを点検して、これらにメリットがなければ、その場から引くのが普通であるわけだ。

要するに、「なんで俺たちのおもちゃなのに壊れるんですか」という話だけど、お前おもちゃだって、電池を入れ替えたり、ネジ巻いたりしなきゃ動かなくなるだろ。お前、おもちゃが壊れたらお母さんに頼んで直して貰ったタイプか、このデベソ!というわけである。

要するに、必要なのは飴と鞭、そしてちょっとの愛なのである。ちゃんと育てなさい。ひよこなんて食べても美味しくはないんだから。